拒食がはじまったきっかけ、摂食障害を克服したから語れる過去②



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摂食障害がはじまったきっかけと、当時はこんな子でした。克服記①

2017.12.20

15歳の時、「マラソン大会で結果を出したい」とはりきって練習に励んでいたわたし。「もっと早く走りたいのにからだが重いのは体重が少し増えたせい。ダイエットしよう!」と決心します。

その頃のわたしは、ほんとによくお腹がすいてしょっちゅう間食をしていました。お昼休みのお弁当が待ちきれず、早弁していたことも・・・^^;「おにぎりがでかい!」と友だちにつっこまれ、お弁当箱もほかの子の1.5倍くらいの大きさでした。
学校帰りにはお腹がペコペコになってしまい、毎日菓子パン1つか2つ買っていたので、少ないおこずかいはほとんどパン代に消えていきました。かなしい・・・。それでもからだがエネルギーを必要としていたのでしょうね。ハードな運動部の練習を日々こなしていたことと、まだまだ成長期だったこともあって、食べている量の割には太っていませんでした。
ただ、わたしが長距離走で勝ちたかった友だちがとても細かった!!その子と自分を比べてしまったのです。

母に「ちょっと太ってきた。気をつけないと。」と言われたことも気にしていました。昔から「あんたは好きなものがハンバーグとかグラタンとか、高カロリーなものばっかりだから、今は細くても時期がきたらどーんと太るから気をつけなさいよ。」と予言?されていました。母としては親心で言ってくれていたのですが、わたしとしては「ついにその時がきた、やばい」と焦りはじめます。

はじめは「太ももが太い」と気にしていました。デニムのパンツが椅子に座るとぱんぱんになる。でもそれも今にして思えば、太ももの筋力がいるスポーツをしていたから。脂肪もあったと思いますが、筋肉もだいぶついていたはずです。それを脂肪のかたまりのように思ってしまいました。椅子に座ったときにぶよんとひろがる太ももがぶざまで、自分のからだなのに嫌気がすようになってきました。

ダイエット

ダイエットだ!ダイエットをしよう!ダイエットといえば、食べる量を減らす!
今まで何も考えずにからだが欲するままに食べていましたが、これからはセーブしようと決意。
大好きなお菓子をがまん、白ごはんも減らして、おかずのお肉やお魚も減らす。結果はすぐにあらわれはじめました。

ちょうどその頃、精神面の不調も感じるようになりました。
当時、わたしは塾に通っていました。部活と塾と学校の両立が思っていたよりハードで、ちょっと力を抜けばよかったのですが、わたしは「今が一番つらい時期。正念場だ!乗り越えてやる」と歯を食いしばって毎日を過ごしていました。たしか、部活をして塾に行って帰ってきた後に学校の宿題をして、2時頃に寝て5時半に起きていた日もありました。

朝練を休めばよかったのに、「わたしはがんばっているんだ!」と主張したかったのか、なかば意地になって1日も休みませんでした。眠たい、からだが重い。休みたい・・・。そればかり考えていました。友だちとの休日のあそびの約束も気が乗らない。でも断ったら自分だけついていけなくなっちゃうんじゃないか、そんな気持ちで無理をしてあそびにでかけました。
涙がよく出るなと思うようになったのはその辺りからです。気持ちが後ろ向きになって、今まではそんなことなかったのに、家族にイライラをぶつける場面も増えてきました。

異常な寒さ

そしてついに、からだにも異変が現れました。「寒い」のです。
その時は冬でしたし、わたしはもともと寒がりでしたが、普通の寒さではありませんでした。たくさん着ても、カイロを貼っても寒い。寒い寒いと部室のベンチの上で三角すわりをしていました。着替えが寒くてつらい。
きわめつけは、電車の扉の開け閉めが異様に寒い。そして辛い。「さむっ」で終わるレベルではなく「がたがたがたがた」と震えがくるのです。「ああ、駅についた。また扉があく・・・。」とからだにグッと力を入れて耐えていました。
もちろん、奥の方の座席に座っているんですよ。それなのに・・・。

この時に限界を感じ、ついにわたしは「もうがんばれない」と思い至りました。
じゃあどうするか。部活は続けたいという気持ちしかなかったので、迷うことなく「塾をやめよう」という結論になりました。

両親の反対

しかし、そこには高い壁がたちはだかっていました。両親の反対です。
もともとわたしの希望で(高校1年生から大学受験に備えたい、と頼んだ)通っていた塾。
高い授業料を毎月払ってきてくれていました。

「やめたい。」と話したときは両親は「塾をやめるなら部活をやめなさい。」といいました。
ですが、どうしても部活は続けたいわたし。

「学生のくせに、勉強より部活をとるなんて本末転倒だ。」というのが当時の両親の主張でした。こう言われるとぐうの音も出ません。
ちょうど4つ上のいとこが部活に高校生活を捧げて、勉強についていけず浪人していたこともあって、両親はわたしが部活に入れ込むことを心配していました。
(いとこはいとこで悔いのない高校生活を送ったのだと思うのですが)

「勉強もしっかりやるから。」という主張は通らず
「うちは大学は国公立しか行かせない。浪人も許さない。」という答え。

その後もお互いの主張が平行線のまま、何度も「塾をやめたい」と訴える日が続きますが、最終的には母のこの話で決着がつきます。
「今度の三者面談で学校に行く時に、顧問の先生と話をする。勉強に支障がでるような部活だなんて、一体どんな指導をしているのかと聞いてやる。」

わたしは、それだけはどうしても嫌で「わかった。塾もう少しがんばる。」ということで話はおさまりました。

両親が言っていることは親として当然のことだったのかもしれません。わたしのことを心配して、よかれと思って言ったこと。
ですが、このやりとりは後々までわたしと両親の間に大きなしこりを残してしまうことになります。


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